企業情報…Corporate Profile 「成長への挑戦」をテーマに、シキボウグループは前進しつづけます。

会社沿革

shikibo history シキボウの歩み

明治時代に繊維メーカーとして大阪に産声を上げて以来、
シキボウは125年以上の歴史を歩んできました。
その歴史の中で挑戦と成長を積み重ねた結果、現在の素材メーカーとしての姿があります。
素材メーカーの社会的使命は、新しい機能と素材を社会に提案し続けること。
時代が流れ移り変わっても、メーカーとしての根本の使命は変わりません。
シキボウは今後も顧客主義を第一に、質の高い技術・品質・サービスを社会に提供し、企業価値を高めていきます。

1892-1937
日本の紡績業の近代化とともに誕生

1892(明治25)年

8月

有限責任伝法紡績会社を設立、初代社長に鈴木勝夫が就任。
【のちの繊維事業のルーツとなる】

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初代社長 鈴木 勝夫

1893(明治26)年

3月

福島紡績株式会社に改称、工場に当時の最新鋭機を導入。

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福島第2工場〔1897(明治30)年5月竣工〕

1908(明治41)年

12月

大成紡績株式会社(のちの飾磨支店)と合併。その後、新工場を建設し、1914(大正3)年3月に全面稼働を開始。

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飾磨支店

1911(明治44)年

10月

取締役に野村徳七(野村證券㈱創業者)、5代目社長に八代祐太郎が就任。

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取締役 野村 徳七(野村證券㈱創業者),5代目社長 八代 祐太郎

1917(大正6)年

2月

堺紡績株式会社(のちの堺支店)を吸収合併、当社初の織布部門となる徳島支店も傘下に収めた。

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堺支店(堺紡績時代)

1922(大正11)年

8月

国内販路の拡張を目指して東京出張所(のちの東京営業所)を開設。

1923(大正12)年

4月

満州の大連市に関係会社第1号となる満州福紡株式会社を設立。1925(大正14)年に操業を開始。

満州福紡株式会社

1933(昭和8)年

3月

最初の多角化事業として、福島人絹株式会社を設立。

福島人絹株式会社
1937-1945
国策による企業合同で敷島紡績株式会社へ

1941(昭和16)年

3月

堀尾染布工業所を東海染工株式会社として再建。紡績業・織布業・染色加工業の一貫生産体制を確立。

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当時の捺染場

1941(昭和16)年

6月

第1次企業再編成で明治紡績合資会社と合併。これにより保有設備は11工場となった。

明治紡績合資会社

1941(昭和16)年

4月

明治紡績合資会社の傘下にあった宇部紡績株式会社、中国山東省の信豊染織股份有限公司を関係会社に加え、さらに辻紡績株式会社、両毛整織株式会社、大府紡織株式会社の3社も参加して、福紡ブロックは、福島紡績共同組合と改称した。

1941(昭和16)年

4月

航空機部品メーカーであり、時局産業であった株式会社特殊工作所の倍額増資を引き受け、経営に参画。

1941(昭和16)年

8月

天満織物株式会社と近江帆布株式会社が合併し、朝日紡績株式会社を設立。
【のちの産業材事業のルーツとなる】

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高知工場(天満織物株式会社),八幡工場(近江帆布株式会社)

1944(昭和19)年

3月

6代目社長 山内貢が交渉を進め、朝日紡績株式会社を合併、敷島紡績株式会社に改称。本社を大阪市東区(現・中央区)備後町に移転。

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6代目社長 山内 貢
1945-1955
困難を排して企業基盤の確立を目指す

1947(昭和22)年

2月

7代目社長に室賀國威専務が就任、経営再建に尽力。

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7代目社長 室賀 國威

1947(昭和22)年

11月

笹津工場、天皇陛下の御巡視を賜る。

笹津工場行幸

1950(昭和25)年

3月

高知工場、天皇陛下の御巡視を賜る。

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高知工場行幸

1951(昭和26)年

5月

大阪なんば髙島屋で当社初めての展示会「敷島紡績展」を開催。6月には、東京・日本橋の三越本店においても開催。

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大阪なんば高島屋 展示会

1953(昭和28)年

2月

主として帆布の生産販売を行う敷島帆布株式会社と、主にカーペット、カタン糸の製造販売を行う敷島カタン糸株式会社の2社を分離。

1954(昭和29)年

現在も使用されているマーメイドマークが誕生。(デザイナー:結城 昇)

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1954(昭和29)年 デザイン 結城 昇
1955-1967
高度経済成長下、積極投資で雄飛

1955(昭和30)年

6月

国内初となる「シキボウ・カラーシーツ」を発売。多様な二次製品で国内外の販路を開拓。

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「シキボウ・カラーシーツ」のポスター

1958(昭和33)年

国内で初めてポリエステルと綿の混紡糸(ポリエステル65%、綿35%の混紡比率)紡出に成功。以降、次々と綿混紡糸を開発。

1959(昭和34)年

3月

急速に普及し始めた化学繊維需要に対応するため、江南工場(現・株式会社シキボウ江南)を新設。

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江南工場 竣工式

1959(昭和34)年

10月

敷島重布株式会社(のちの鈴鹿工場)を設立。超広幅多重織重布織機を導入。

超広幅多重織重布織機

1961(昭和36)年

12月

敷島帆布株式会社と敷島重布株式会社の2社を合併し、敷島カンバス株式会社を設立。(現・連結子会社)初代社長に塩路義韶が就任。

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敷島カンバス㈱ 塩路義韶社長

1962(昭和37)年

8月

敷島カタン糸株式会社の伊丹工場で、カーペット生産を開始。

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「シキボウ・カーペット」のポスター

1963(昭和38)年

2月

新社屋の建設を機に、その管理運営会社として敷島興産株式会社(現・株式会社シキボウサービス)を設立。
【のちの不動産・サービス事業のルーツとなる】

1964(昭和39)年

2月

敷島カンバス株式会社は、ドライヤーカンバス部門の強化のため、草津工場内の敷地にビワコ縫製株式会社を設立。さらに、同年6月に自動車教習所の営業を開始し、同年11月に敷島モーターサービス有限会社を設立。

1965(昭和40)年

11月

大阪市東区(現・中央区)備後町に新本社ビル「敷島ビル」を新築。テレックスやNEAC2200 電子計算機が導入された。

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敷島ビル3階テレタイプ室

1965(昭和40)年

12月

敷島シレーヌ株式会社を設立、縫製加工事業を行う。

1966(昭和41)年

4月

寺岡商事株式会社との合弁により、泰和メリヤス工業株式会社(のちの泰和ニット株式会社)を設立。当社の製品事業の始まりとなった。

1967(昭和42)年

1月

新内外綿株式会社の株式を取得し、資本参加。(現・連結子会社)

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新内外綿㈱駒野工場(現・㈱ナイガイテキスタイル)

1967(昭和42)年

2月

大機紡績株式会社を系列会社とし、合繊混紡糸の生産能力を確保。

1967(昭和42)年

2月

江南工場に織布部門を新設、新鋭機械を導入して紡織一貫体制を確立。

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江南・織布工場 竣工式(工場内の様子)

1967(昭和42)年

3月

織布部門の合理化を目的に、兵庫県加西市の団地協同組合ハリマ繊維センターと業務提携。

ハリマ繊維センター

1967(昭和42)年

4月

室賀社長が勲三等に叙せられ旭日中綬章を受章。

室賀社長旭日中綬章受章

1967(昭和42)年

8月

創立75周年。各事業場において記念式典開催。この年は、日本に近代紡績業が誕生してから
ちょうど100年の節目に当たる。

創立75周年記念式典

1967(昭和42)年

12月

室賀國威社長が初代会長に、磯井賢次専務が8代目社長に就任。

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8代目社長 磯井 賢次
1968-1972
難題を克服しつつ業容を拡大

1968(昭和43)年

10月

敷島カタン糸株式会社を当社に合併。伊丹工場は当社工場として、タフテッド・カーペット、カタン糸などの生産・販売にあたることとなった。

タフテッドカーペット・カタン糸

1970(昭和45)年

4月

江南工場の織布工場の増設が完成。前年5月に完成した大規模な加工場と合わせて、近代的な紡織加工一貫体制を確立。

江南工場の織布工場

1970(昭和45)年

12月

磯井賢次社長が相談役に就任。9代目社長には、室賀國威会長が再就任。

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9代目社長 室賀 國威

1971(昭和46)年

5月

敷島カンバス株式会社は、帆布の生産と営業権を他社へ譲渡。

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マーメイド号(堀江謙一氏所蔵写真)

1971(昭和46)年

12月

松本良諄常務が10代目社長に就任し、室賀國威社長は相談役に就いた。

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10代目社長 松本 良諄

1972(昭和47)年

敷島スターチ株式会社にて、イノシットの生産・販売を開始。

1972(昭和47)年

非繊維部門の開発業務の一環として、自社開発した光学式毛羽測定器の発売を開始。

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光学式毛羽カウンター

1972(昭和47)年

4月

インドネシア国に、マーメイド・テキスタイル・インダストリー・インドネシア社(MERTEX)を設立。(現・連結子会社)

マーメイド・テキスタイル・インダストリー・インドネシア社
1973-1977
第1次オイルショックが経営を直撃

1973(昭和48)年

10月

第1次オイルショック後の危機的状況に直面し、エネルギー対策委員会を発足。年末には、緊急対策本部を設置。

1974(昭和49)年

5月

増大するニット需要に応えるため、当社初のニット工場である岐阜工場を建設、一部操業を開始。

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竣工当時の岐阜工場

1974(昭和49)年

5月

撚糸工程中心の日高工場を新設、高知工場と一体となった生産活動を開始。

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日高工場

1975(昭和50)年

3月

PVA水溶廃液処理装置「エスエス パークラー」の製造・販売を開始し、公害機器事業に乗り出すことを発表。

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エスエス パークラー

1975(昭和50)年

8月

伊丹工場に連続シルケット機を新設。設備を大幅に更新し、連続シルケット加工糸「フィスコ」の生産を開始。

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伊丹工場 連続シルケット機

1977(昭和52)年

7月

小林正夫専務が11代目社長に就任、同年10月5日、「刷新経営2カ年計画」を発表。

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11代目社長 小林 正夫
1978-1982
変転する環境のもと業績好転を指向

1978(昭和53)年

3月

労使が一体となって「V8運動」をスタート。1979(昭和54)年4月期に黒字化を実現。

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V8 運動決起総会(笹津工場)

1979(昭和54)年

開発技術部で開発した加工澱粉をガラス繊維メーカーへ集束剤として販売。
【今の化成品部のルーツとなる】

1981(昭和56)年

4月

抗菌防臭加工「ノンスタック」を展示会で発表。
ベストセラーとなる。

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ノンスタック

1981(昭和56)年

6月

堺事業所を竣工、翌1982(昭和57)年から捺染用糊剤の製造販売を開始。

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堺事業所
1983-1987
業績向上を目指して全社運動を展開

1985(昭和60)年

4月

100周年を見据え、中期経営計画「HOP100」がスタート。

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「HOP100」発表会

1986(昭和61)年

7月

小林正夫社長が会長に、山内信副社長が12代目社長に就任。同年10月、短期収益向上作戦「サクセス18」を開始。

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12代目社長 山内 信

1987(昭和62)年

10月

江南工場において加工開発センターが活動を開始。

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着見本染ミニサーキュラー
1988-1992
昭和から平成へ… 創立100周年を迎える

1988(昭和63)年

4月

中期経営計画がスタート。

6月

「個性がキラリ creative shikibo」スローガン化。

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スローガン看板を設置(富山工場)

1988(昭和63)年

7月

敷島カンバス株式会社と当社で、
「ACMプロジェクトチーム」を発足。
【のちの機能材部門複合材料部のルーツとなる】

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三次元編み物の製品

1988(昭和63)年

10月

タイ国にタイ・シキボウ社を設立。

タイシキボウ社

1989(平成元)年

11月

株式会社大和機械製作所(現・連結子会社)の経営権を取得。翌年には株式会社シナトク(のちのシキボウ電子株式会社)の経営権を取得。

1990(平成2)年

5月

敷島カンバス株式会社、敷島興産株式会社(現・㈱シキボウサービス)、大機紡績株式会社、シキボウ開発株式会社の関係会社4 社と当社が合併契約を締結。同年10月、「産業資材事業本部」を新設。

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製紙用ドライヤーカンバス

1990(平成2)年

7月

新会社として敷島カンバス株式会社を設立(現・連結子会社)。同社に営業部門、技術サービス部門、技術開発部門を置き、製紙業界、ろ過布業界への窓口とした。

1990(平成2)年

8月

CI運動「VIVA21」をキックオフ。

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「VIVA21」ポスター

1991(平成3)年

2月

伊丹工場を閉鎖。前身の敷島カタン糸株式会社発足以来35年の歴史に幕を下ろした。

伊丹工場を閉鎖

1991(平成3)年

5月

滋賀県に、八日市工場・中央研究所を新設。

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八日市工場・中央研究所

1991(平成3)年

6月

本社ビル3階に多機能商談室として、「プラザマーメイド」が完成。

プラザマーメイド

1991(平成3)年

6月

坂本尚弘専務が13代目社長に就任。翌年4月に中期経営計画「ニュー・シキボウ・アクションプラン」を発表した。

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13代目社長 坂本 尚弘

1992(平成4)年

8月

創立100周年。同年、新しい社歌(シキボウソング)の制作や、記念パーティーの開催などが行われた。

創立100周年記念パーティー
1993-1997
生き残りをかけ、ニュー・シキボウへの挑戦

1993(平成5)年

2月

繊維上の細菌の増殖を抑制する制菌加工「NOMOS(ノモス)」を開発。

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NOMOS(ノモス)

1993(平成5)年

3月

電力中央研究所・音羽電機工業株式会社・株式会社レイケムとの共同研究により、「ポリマー容器型避雷器」の開発に成功。

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電力中央研究所でのフィールドテスト

1993(平成5)年

11月

姫路工場跡に、「姫路リバーシティショッピングセンター」をオープン。

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竣工当時の全景

1993(平成5)年

12月

香港に敷紡(香港)有限公司を設立。(現・連結子会社)

1994(平成6)年

天然植物ガム「サイリウムシードガム」を販売。

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サイリウム種子の外皮

1994(平成6)年

4月

ACM 部を「複合材料部」に呼称変更。

1995(平成7)年

1月

中国上海市に上海敷紡服飾有限公司を設立。(現・連結子会社)

上海市敷紡服飾有限公司

1996(平成8)年

8月

中国上海市に上海敷島家用紡織有限公司を設立。(現・連結子会社)

上海敷島家用紡織有限公司
1998-2005
敷島紡績からシキボウへ

1998(平成10)年

6月

坂本尚弘社長が会長に就き、飛谷高照専務が14代目社長に就任。

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14代目社長 飛谷 高照

1999(平成11)年

1月

東レ株式会社と共同開発した吸汗・速乾性に優れたポリエステル・綿混シャツ地「アゼック」を発表。

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アゼック

1999(平成11)年

1月

草津市追分町の敷地の造成工事が完了、「草津・ロクハタウン」として宅地分譲。

草津・ロクハタウン

2000(平成12)年

8月

化成品部の製造部門であった堺事業所を分社化し、「株式会社シキボウ堺」を設立。

2000(平成12)年

12月

高知工場跡に、「イオン高知ショッピングセンター」をオープン。

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プレオープン

2002(平成14)年

4月

敷島紡績株式会社から「シキボウ株式会社」へ社名を改称。

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本社ビル エントランスのロゴ看板(2018(平成30)年 リニューアル)

2002(平成14)年

4月

草津工場跡地にて、分譲マンションの建設工事を着工。「マーメイドシティ草津」と名づける。

マーメイドシティ草津

2005(平成17)年

9月

製紙用ドライヤーカンバスを中心とする産業資材の生産販売会社として、敷島工業織物(無錫)有限公司を設立。(現・連結子会社)

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工場正門

2005(平成17)年

12月

中国上海市に敷紡貿易(上海)有限公司を設立。(現・連結子会社)

2006-2011
持続的な競争優位性の構築を目指して

2006(平成18)年

抗ウイルス加工繊維「フルテクト」を開発。

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フルテクト

2006(平成18)年

4月

飛谷高照社長が会長に就き、加藤禎一常務が15代目社長に就任。

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15 代目社長 加藤 禎一

2007(平成19)年

3月

中国浙江省に湖州敷島福紡織品有限公司を設立。(現・連結子会社)

湖州敷島福紡織品有限公司

2009(平成21)年

4月

中期経営計画「Creative Challenge ’11(CC11)」がスタート。

2011(平成23)年

8月

「香りを加えて臭いを消す」という新発想の消臭加工「デオマジック」を発表。

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デオマジック 人の糞便臭対応 スプレー
2012-2015
構造改革から成長戦略へシフトチェンジ

2012(平成24)年

4月

中期経営計画「Challenge to the Growth 2012-2014(CG 12-14 ~ 成長への挑戦)」がスタート。

2012(平成24)年

6月

加藤禎一社長が会長に就き、能條武夫常務が16代目社長に就任。

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16 代目社長 能條 武夫

2013(平成25)年

12月

富山工場内の遊休地で太陽光発電事業に取り組み、発電・売電を開始。

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富山工場内 太陽光発電施設

2014(平成26)年

1月

新内外綿株式会社(当社連結子会社)がJ.P.BOSCO社の株式を取得(当社孫会社化)。

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J.P.BOSCO社 事務所(タイ・バンコク市)

2015(平成27)年

株式会社シキボウ江南と、株式会社マーメイドソーイング秋田が純正国産商品に対する「J ∞QUALITY(ジェイ クオリティ)商品認証事業」の企業認証を取得。

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株式会社シキボウ江南

2015(平成27)年

4月

中期経営計画「Challenge to the Growth next stage 2015-2017(CG next 15-17)」がスタート。

2015(平成27)年

5月

長野事業所で、エアバス社の旅客機に搭載されている新型エンジンで使用される大型アルミ部品の生産を開始。

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大型アルミ部品加工用 工作機械
2016-2018
次のステージに向かって新たなる船出

2016(平成28)年

3月

株式会社シキボウ堺が、食品安全システムFSSC 22000認証を取得。

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株式会社シキボウ堺 理化学試験室

2016(平成28)年

6月

能條武夫社長が会長に就き、清原幹夫上席執行役員が17代目社長に就任。

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17代目社長 清原 幹夫

2017(平成29)年

長野事業所では、海外エンジンメーカーの製造認定を取得。

2017(平成29)年

8月

創立125周年を迎えて、記念式典を開催。

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記念バッジ

2018(平成30)年

4月

中期経営計画「Challenge to the Growth final stage 2018-2020(CG final 18-20)」がスタート。

2018(平成30)年

5月

尾道事業所が、航空宇宙産業における国際認証である「Nadcap認証」を取得。

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認証書:複合材料(Composites)

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